私は旅が好きだ。多分(普通がどれ位なのかは分からないが)人より多く旅をしている方だと思う。
一人旅を始めたのが高校の頃、京都への野宿から始まり、アメリカに住んでいた10年間はアメリカ国内のロードトリップはもちろん、友人に誘われてふらふら、大学の授業の一環としてメキシコに一ヶ月近く遺跡巡り、姉がスペインに住んでいたから取り敢えずふらふらとか、なんとなくとかでふらふら三昧し放題だった。
もちろんそれはいまでも変わらず、まだまだ行きたい所は星の数だけあるし、リストは増えるばかりだ。だけど、旅の話なんて今まであんまり文章にしてこなかった。
なんでだろうと考えてみると文才がないのもそうだか、うまく伝えられるようなものでもないと思っていたからだ。そして今もそう思っているフシがある。感動とか、現地の空気感、肌に感じた感覚って、痛烈で記憶に残るほど言葉や文章に残しずらい。そしてなにより旅行に出かけている時は、いい意味でも悪い意味でも自分に何か起きている事が多かったからかも知れない。人間関係や何かの岐路など、思い起こせばきりがない。その分だけ旅行をしていると言ってもいいかもしれないな、と思う。あまりにパーソナルな状況がからんでいたので文にするのもけだるかったのかもしれないなと今考えるとそう思ったりもする。結局自分でもよく分かってないんだけど。
ちなみに沢山旅行をしているといってもかなりの貧乏旅行だ。流石日本以外で野宿はした事はないけど、一晩五ドル位の安宿で、夜中に天井がかけて砂が落ちてきたりという場所で数日過ごしたりとか、一部屋に10人位寝れるたこ部屋みたいなとことか、いわゆるバックパッカーみたいなことをしていた。よく考えると怖いもん知らずだよなぁとも思うが、それでもまた同じ事をすると思う。楽だし。でも実は日本国内であまり旅行したことがなくって唯一バックパッカー的なものは、テント以外のキャンプ道具を担いで京都、奈良を1週間ほど野宿した位だ。でもこれがなんとなく今につながる始点だったんだろうと思う。
海外に長くいた事もあってか、最近は日本国内を旅行する事が多い。とまぁ家族が出来たからというのもあるが、いままで長らく御無沙汰だった日本、それも京都に縁あって引っ越してきたので、近畿圏の寺巡りや聖地、いわゆる日本のパワースポットを廻れるのが楽しくて、嫁さんが海外行きたいといっても、結局国内旅行にしてしまう。やっぱり日本すげぇよ!見るとこ満載だよ!と言い続けている。そして変な日本大好き外国人みたいと嫁さんに言われる。京都に引っ越してきて、あまつさえ町家住みたいと駄々をこねて引っ越した。I Love 町家。しかし暑いし寒い。でもやっぱり日本は見るとこいっぱいですごいと思う。人が作り出したすごいものが母国にこんなにあるなんて、ある種の愛国心さえも喚起してくれる。とまぁ大げさに言ってみるけど、見所満載。それが日本だ。すごいなぁ。
話はずれたけど、ここまで旅行と書いたり、旅と書いたりしているが、「旅」という一文字には、何かしら個人的な、思索的な匂いがする。旅行ってなんかバケーションだけど、旅はそれとはちょっと違う。どちらかというと個人的な何かを変えるきっかけを運よければ見つける為の一種の儀式の匂いがする。チープな言葉で言えば「自分探し」が一番近い。探して見つかる訳もないんだけど、そんなものも好きだったりする。
一人で旅をしているともう二度と会えない人に出会う。当たり前なんだけど、結構一期一会という言葉そのまんま故に、軽い緊張感をもちつつ、その場でしか話せない事、行動をとることが出来る。そしてなんだか心地いい距離感を保ち続けながら旅の途中まで一緒に行動し、そしてまた別れる。結構長く行動を共にし、酔っぱらい、ビリヤードをし、笑い転げていたやつらと次の日にはもう二度と会えないだろうと思いながら別れていく。それがいい。なんとなく不思議。だけど自分の中で普通の感覚だった。
旅の中で自分の中に強烈な印象を残す光景を見た時や体験をした時、ある種のアイデンティティ・クライシスが起きる事がある。強烈な孤独感や自己否定、思考の罠みたいなもんにさい悩まされて何もかもから逃げたくなったり。よくこういうのを克服すると強くなるとかいう話も聞くけど、個人的にはのど元過ぎれば、熱さ忘れるじゃないけど、成長したとか精神的に大きくなったとかぜーんぜん思わない。ただ、それを体験しただけで、その時思い出した考え込んだ悩みや苦しみを今でも追体験しちゃってうぎゃーと身悶えるくらい恥ずかしくなったりする。
でもこういう中で自分がいつも思い出すのは、ある時に感じた圧倒的な静けさだった。凪の世界や、いままで見た事のない静寂な夜空とか。その時は完全に時間の流れや感覚がおかしくなってしまっていたのを覚えているんだけど、なんでか違和感がない。その時何かが自分の中の琴線をポロロンと奏でたことは今でもはっきり覚えているし、多分相当自分の中で美化されて、増幅されて、いまじゃ都合のいいくらい神秘体験レベルまで昇華されている体験。なんとなくメランコリックなくせに穏やかな凪の様な感覚。そして寂しさと、温かさが同時に自分を包んでくれる様な、心地いい不思議な感覚。だからどうだという事もないが、多分そんな感覚が欲しくって旅をしたいと思っている気がする。
よく人生そのものが旅だっていう。まさしくそうなんだけど、何かを自ら感じる為の旅もまた一興。
そんなどうでもいい事を思いながら今朝、梅雨明けの日差しを電車の中からぼんやり見ながら考えていた。
それでも僕らは進むんだな。


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